下田より

海岸線をお車で・・約40分
バスにて・・約 1時間

                                                  戻 る

子浦は穏かな入り江の湾を持ち 古くは帆船の風待ち港として
栄えた歴史が残る漁村集落です 漁業は イカ漁 伊勢エビ漁
ワカメの養殖が主で 少なくなったが
「ツキンボ」と言う
一本槍でカジキを仕留める漁船があり 遠くは伊豆七島
まで出向き漁を行なっている また 約 500mほどの
海水浴場は波静かな海で家族連れには
人気となっている


『督乗丸の漂流 484日間』

文化10年(1813)尾張の商船が江戸に荷を運んだ帰り 遠州灘沖で遭難し漂流484日後
アメリカのサンタバーバラ沖にてイギリス船に
3名が救助された 文化10113日に
子浦港に入港し翌
4日に子浦出航後の出来事でした
督乗丸には 子浦出身の3名を含め14名の乗組員がおり救助された3名の内2名が帰国を
はたし船頭の重吉は愛知県半田市出身 もう一人の音吉は子浦出身でありました

音吉は帰国後 領主から一人扶持をうけ終生家居生活を送った
墓は子浦浄土宗西林寺にあります・・・
漂流最長記録です

『徳川 14代将軍家茂公の風待ち』

徳川家茂公は幕末の動乱の中 20才の若さで生涯を終えました 尊皇穰夷の波乱の中 家茂公は
搭乗して翔鶴丸をはじめとする艦隊で江戸から海路上洛途中 下田港に文久4年(1864)
1月1日の寄港し翌日出航したが西風強く子浦港に入港し港近くの西林寺に
2泊されました 寺にはお手植えの松が現在も残っております

子浦では艦隊 300余名が民家や船中に泊まった様子が古文書に残っており村中大騒ぎになった
ことだと思います 当事冬の寒い中 将軍様にはどのような食事を出されたのか 西林寺土屋
住職考案の「将軍鍋」は 豪華にも伊勢えび 地魚 野菜の入った鍋を考え 今も子浦の
民宿では10〜5月の期間にはコースとしてお客様にお出ししております


西林寺 東子浦の人形三番叟 西子浦の槍ふり 11/2




ウバメガシ群生 将軍鍋